いざ鎌倉【ムラサキシジミ】 [神奈川県 鎌倉市]
鎌倉にある人気の花の寺「明月院」も、お彼岸前は梅の花と桜の花の端境期にあたり、静かな時を楽しめます。暖かい春の陽気はまだのようで、チョウはいつになったら飛ぶんだろう・・ちょっとジリジリした気持ちです。
紅葉の頃の明月院は、人で溢れ賑やかです。まだ人の出が少ない朝に訪れました。
明月院は谷戸の中にあるので、秋は朝靄に包まれることがあるようです。朝日が靄でプリズムされ、七色に光っていました。
明月院にある鎌倉幕府五代執権、北条時頼公の廟所も朝靄に包まれていました。
明月院の奥には名君の誉れ高い北条時頼公のお墓がありました。
北条時頼公は謡曲「鉢の木」に出てくる「いざ鎌倉」の主人公のひとりです。明月院の本堂の前に松の鉢の木が置かれていました。
明月院の「月の広場」に植えられているバラの花が朝露で濡れていました。
苔の庭はリンドウが咲いて、紅葉が散っていました。
茅葺き屋根の開山堂は紅葉に囲まれていました。
鎌倉にある「鎌倉十井」の一つ「瓶の井」です。かつて鎌倉十井はどこも名水が湧く井戸だったようですが、今も現役で使われているのはこの「瓶の井」のみだそうです。井戸の背後にある紅葉が綺麗でした。
花想いの地蔵様です。背後の樹々が紅葉していました。
明月院本堂にある「悟りの窓」。窓の向こうには紅葉に彩られた本堂の後庭園が広がっていました。
後庭園はハナショウブの咲く頃と紅葉の彩りが艶やかな頃の年二回入ることができます。紅葉の後庭園に入れさせていただきました。
後庭園には大勢の方が訪れていました。
後庭園では青地蔵様が出迎えてくださいました。
後庭園おいでの赤地蔵様も出迎えてくださいました。鮮やかな紅葉の下、微笑んでいました。
鎌倉に雪が降った翌朝、明月院を訪れました。クマザサの上にうっすらと雪が積もっていました。謡曲「鉢の木」は、雪の夜から始まります。
花想いの地蔵様も雪の朝は寒そうです。「鉢の木」の話しは、こうです。「大雪の夜、見知らぬ旅の僧が一晩の宿を求め、あばら屋を訪れました。あばら家の主人はなけなしの粟飯でもてなしたそうです。」
雪降った翌朝の開山堂と梅の花。「鉢の木」の続きです。「あばら屋の主人は旅の僧の暖をとるため、大切にしていた松と梅と桜の鉢の木を薪としてくべたそうです。主人は「今は貧しくても、鎌倉幕府に何かあれば、一番に馳せ参じる。」との覚悟を旅の僧に話したそうです。翌朝、旅の僧は旅立ちました。」
本堂前の枯山水の庭もうっすらと雪が積もっていました。「鉢の木」の話しをさらに続けると「春になって、鎌倉幕府から近隣の御家人あて召集の命令があり、あばら屋の主人も真っ先に馳せ参じたそうです。居並ぶ幕府の最高責任者の一人に旅の僧がいました。その旅の僧こそ前執権、北条時頼公でした。「いざ鎌倉」と馳せ参じたあばら屋の主人に時頼公は雪の夜のお礼として鉢の木にちなむ土地を与えたとのことです。」
冬の朝の「悟りの窓」です。
悟りの窓がある部屋は、陽の光で赤く染まり何か暖かそうです。
明月院の小鳥の家からヤマガラの花子が飛び出しました。
小鳥の家には小鳥の餌を横取りしにくるタイワンリスもいました。
小鳥の家からこぼれた餌を拾いにガビチョウも訪れていました。本日のチョウはこのガビチョウです。
明月院の早春の頃の庭。まず最初に咲くのはマンサクです。
ロウバイの花も咲いていました。
アジサイの頃は大勢の人で溢れる参道も今はひっそりです。ロウバイが咲いていました。
明月院の庭では、梅の花が終わりしだれ桜の咲く前にユキヤナギの花が咲き出します。訪れた時期が早かったため、まだ花は少ししか咲いていませんでした。
鎌倉にある大船植物園には見事なユキヤナギの花が積もる雪のように咲いていました。
明月院にツバキの花が咲いていました。
鎌倉中央公園のサザンカの枯れた花にムラサキシジミが訪れていました。
春が浅い暖かい日には、越冬中でもムラサキシジミは日向ぼっこで暖をとるようです。
明月院にあるお茶屋「月笑軒」で暖かい甘酒をいただき、体の中から暖をとりました。
明月院の月の広場にはたくさんのウサギ(置物)がいて、その隣には鉢の木が植えられていました。ウサギたちの「いざ鎌倉」のようです。
「いざ鎌倉」召集の命が下されれば、ウサギばかりかカメも馳せ参じる覚悟のようです。
紅葉の頃の明月院は、人で溢れ賑やかです。まだ人の出が少ない朝に訪れました。
明月院は谷戸の中にあるので、秋は朝靄に包まれることがあるようです。朝日が靄でプリズムされ、七色に光っていました。
明月院にある鎌倉幕府五代執権、北条時頼公の廟所も朝靄に包まれていました。
明月院の奥には名君の誉れ高い北条時頼公のお墓がありました。
北条時頼公は謡曲「鉢の木」に出てくる「いざ鎌倉」の主人公のひとりです。明月院の本堂の前に松の鉢の木が置かれていました。
明月院の「月の広場」に植えられているバラの花が朝露で濡れていました。
苔の庭はリンドウが咲いて、紅葉が散っていました。
茅葺き屋根の開山堂は紅葉に囲まれていました。
鎌倉にある「鎌倉十井」の一つ「瓶の井」です。かつて鎌倉十井はどこも名水が湧く井戸だったようですが、今も現役で使われているのはこの「瓶の井」のみだそうです。井戸の背後にある紅葉が綺麗でした。
花想いの地蔵様です。背後の樹々が紅葉していました。
明月院本堂にある「悟りの窓」。窓の向こうには紅葉に彩られた本堂の後庭園が広がっていました。
後庭園はハナショウブの咲く頃と紅葉の彩りが艶やかな頃の年二回入ることができます。紅葉の後庭園に入れさせていただきました。
後庭園には大勢の方が訪れていました。
後庭園では青地蔵様が出迎えてくださいました。
後庭園おいでの赤地蔵様も出迎えてくださいました。鮮やかな紅葉の下、微笑んでいました。
鎌倉に雪が降った翌朝、明月院を訪れました。クマザサの上にうっすらと雪が積もっていました。謡曲「鉢の木」は、雪の夜から始まります。
花想いの地蔵様も雪の朝は寒そうです。「鉢の木」の話しは、こうです。「大雪の夜、見知らぬ旅の僧が一晩の宿を求め、あばら屋を訪れました。あばら家の主人はなけなしの粟飯でもてなしたそうです。」
雪降った翌朝の開山堂と梅の花。「鉢の木」の続きです。「あばら屋の主人は旅の僧の暖をとるため、大切にしていた松と梅と桜の鉢の木を薪としてくべたそうです。主人は「今は貧しくても、鎌倉幕府に何かあれば、一番に馳せ参じる。」との覚悟を旅の僧に話したそうです。翌朝、旅の僧は旅立ちました。」
本堂前の枯山水の庭もうっすらと雪が積もっていました。「鉢の木」の話しをさらに続けると「春になって、鎌倉幕府から近隣の御家人あて召集の命令があり、あばら屋の主人も真っ先に馳せ参じたそうです。居並ぶ幕府の最高責任者の一人に旅の僧がいました。その旅の僧こそ前執権、北条時頼公でした。「いざ鎌倉」と馳せ参じたあばら屋の主人に時頼公は雪の夜のお礼として鉢の木にちなむ土地を与えたとのことです。」
冬の朝の「悟りの窓」です。
悟りの窓がある部屋は、陽の光で赤く染まり何か暖かそうです。
明月院の小鳥の家からヤマガラの花子が飛び出しました。
小鳥の家には小鳥の餌を横取りしにくるタイワンリスもいました。
小鳥の家からこぼれた餌を拾いにガビチョウも訪れていました。本日のチョウはこのガビチョウです。
明月院の早春の頃の庭。まず最初に咲くのはマンサクです。
ロウバイの花も咲いていました。
アジサイの頃は大勢の人で溢れる参道も今はひっそりです。ロウバイが咲いていました。
明月院の庭では、梅の花が終わりしだれ桜の咲く前にユキヤナギの花が咲き出します。訪れた時期が早かったため、まだ花は少ししか咲いていませんでした。
鎌倉にある大船植物園には見事なユキヤナギの花が積もる雪のように咲いていました。
明月院にツバキの花が咲いていました。
鎌倉中央公園のサザンカの枯れた花にムラサキシジミが訪れていました。
春が浅い暖かい日には、越冬中でもムラサキシジミは日向ぼっこで暖をとるようです。
明月院にあるお茶屋「月笑軒」で暖かい甘酒をいただき、体の中から暖をとりました。
明月院の月の広場にはたくさんのウサギ(置物)がいて、その隣には鉢の木が植えられていました。ウサギたちの「いざ鎌倉」のようです。
「いざ鎌倉」召集の命が下されれば、ウサギばかりかカメも馳せ参じる覚悟のようです。
タグ:ムラサキシジミ
今回も鎌倉を堪能しました♪
悟りの窓はやはり別格の趣がありますね。
チョウもガビだけでなくシジミも見られてよかった。
それにしても今年の春はじらされますね・・
by ぜふ (2017-03-18 09:01)
ぜふさん
鎌倉がやっと暖かくなったきました。3連休なので人出も多くて大変でした。たくさんのチョウに出会えるようにお参りしてきました。
by アサギいろ (2017-03-18 18:07)